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本当の職人ってお客を見ている人なんだよ。だって、一流寿司店の板さんって、自分で食うことなんか楽しんでないでしょう。お客をどれだけ喜ばせるかばかりを考えてるでしょう。それが一流ってもんです。
 二流以下の板前は、自分で握った寿司をお客と一緒に食ってビールなんか飲んで喜んでいる。フェルディナントさんの言う通り、多くのエンジニアは二流の板前の方向に走っていて、自分の作ったものに酔いしれている。
482 : 16文キック(庭)@\(^o^)/:2014/07/18(金) 18:44:04.71 ID:SGoMgpml0.net

安倍「集団的自衛権を現行憲法下でも行使できるようにします」
ブサヨ「解釈改憲反対!」

最高裁「外国人の生活保護支給は憲法違反です」
ブサヨ「解釈改憲を!」
海外のメディアだと期限切れなどとボカさずに、rotten meat(腐肉)とハッキリ書いてるな
早大のように入試科目を減らして一般入試を絞って偏差値を嵩上げし、学生の半分以上を(小保方氏のような)AO入試や推薦で入学させてノーチェックで卒業させるのは、もはやディプロマ・ミル(学位販売業者)に近い
shoji:

室内ネコの運動不足に効く回し車:ハムスター速報

反捕鯨の人達は、クジラが可愛そうだからクジラを捕るなと言っているのではない。  さらに、日本人蔑視や、食文化の違いから、反対しているのでもない。

 これは、海洋利権の話なんでしょ。

 知ってのとおり、200カイリ(排他的経済水域)外での漁業は国籍を問わない。  問わないけど、そんな遠洋漁業ができる技術とシステムを持つ国は限られる。ていうかメインは日本。

学生に「考えてきたか?」と尋ねると、「考えましたが、ちょっと良い案を思いつかなくて」と言う。「じゃあ、悪い案を幾つか見せなさい」と言うと、きょとんとした顔で、「いえ、悪い案も思いついていません」と言う。「考えましたが、まだ、ちょっとまとまらなくて」と言うから、「では、まとまらないものを見せて下さい」と言っても、たいてい見せてもらえない。
 こういうのは、僕の場合「考えた」とはいわないのである。
 「いろいろ考えてはいるんですけどね」と言い訳する人には、その「いろいろ考えたものを見せてくれ」と頼む。ところが、たいていは、せいぜいあっても1つしか案がない。1つの案しかないのに「いろいろ」なんて言うなよ、と思う。1つでは選べない。これでは何を考えていたのか、問いたくなる。
MORI LOG ACADEMY: 本当に考えたの? (via jinon)
2007-12-19 (via gkojay) (via tobyluigi) (via error888) (via shinoddddd) (via nemoi) (via mnak) (via ipodstyle) (via yaruo, mayunezu) (via motomocomo) (via yellowblog)

■1.大きな袋を背負って

 出雲大社に祀られている大国主命(おおくにぬしのみこと)には大勢の兄弟、八十神たちがいた。ある時、稲葉の国(鳥取県東部)に八上比賣(やかみひめ)という日本一の女神がいると聞いて、兄弟で嫁取り競争をする事になった。

 しかし、太古のことで途中には道のないところが多いし、旅館もない。米、味噌、醤油から、鍋釜、寝具にいたるまで、持って行かなければならない。

 そこで、八十神一同で相談して、皆の荷物を大きな袋にいれ、大国主命に運んで貰うよう頼むこととした。大国主命は力持ちだし、また立派そうなので、荷物運びの従者のように見せかければ、八上比賣から選ばれることもないだろう、という魂胆だった。

 八十神たちに頼まれて、大国主命はビックリしたが、自分が荷物を背負わなければ、嫁取り競争も取りやめるしかない、と聞いて、「よろしゅうございます。お引き受けいたしましょう」と答えた。

 こうして大国主命は一人で大きな袋を背負い、八十神たちに従って、歩いていった。その姿はどう見ても従者としか見えない。

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 しかし、大国主命は、決して
「自分はお供ではないぞ」
などとは仰せになりません。

 平気な顔をして、黙っておいでになります。お顔を見ましても、少しも自慢そうな様子はなく、少しも悲観した様子もなく、少しもお怒りになる様子もなく、まことに元気よく、ニコニコしておいでになります。[1,p35]
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■2.『古事記』に凝縮された古代日本人の心映え

 最近、刊行された『新釈古事記伝』の一節である。書名は厳めしいが、文章は小中学生にも読める平易なものだ。しかし『古事記』のおとぎ話風の物語から、著者は自らの心に映った大和民族の深い理想を解き明かしていく。

 著者は阿部國治氏。戦前の東京帝国大学法学部で英法学を学び、副手になったが、その後、同じく東京帝大で印度哲学科で学び、首席で卒業した、という人物である。そのまま進んでいれば、帝大教授か高級官僚への道が約束されていたろう。

 しかし、阿部氏はそんなエリート・コースを捨てて、疲弊にあえぐ農民救済のために、地下足袋を履いて全国の村々を歩いた。そんな人生を歩んだ人だからこそ、『古事記』に凝縮された古代日本人の心映えが、よく見えたのだろう。

 氏の解き明かす古代日本人の心映えは、泉から湧き出る清冽な水のように、現代の子供達の心に新鮮な潤いを与えるだろう。大人も、その水で喉を潤すことで、多忙な毎日を生き抜く元気を与えられるに違いない。そのごく一端をご紹介したい。


■3.稲葉の白兎の感謝

 八上比賣に会いに、稲羽の国に向かう一行は、白兎(ウサギ)に出会う。白兎は隠岐の島に生まれて、ワニを騙して、本州に渡ったのだが、騙されたワニが「痛い目にあわせて、少し考えさせよう」と、皮をはいで、陸の上に放り出した所だった。

 兎は痛くてたまらずに泣きだした。「ワニの奴め、いくらなんでも、こんなにしなくてもよいではないか」と思って、ワニを恨んで泣いた。

 しかし、ワニはなぜ自分を赤裸にしただけで、なぜ海に放り込んで殺さなかったのだろう、とふと思うと、「ワニは自分を反省させようとして、こうしてくれたのだな」と気がついた。

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 すっかり気がついた兎さんは、心から後悔しました。「決して、もう嘘はつきません。人様に迷惑をかけて、馬鹿呼ばわりはいたしません。ほんとに立派な兎になって、ワニの好意に酬いたい」と思いました。[1,p22]
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 あまりの痛さに泣きながら、「どうぞ、神様、私の身体をもとどおりにしていただきとうございます」と祈っている所に、八十神の一行がやってきた。

 八十神たちは、兎に海の水を浴びて、塩をからだにつけ、日向で乾かしなさい、と教えた。兎は神様の仰せられることだから、と思って、その通りにしたら、痛みがひどくなって、さらに泣き苦しんだ。
 そこに、一人遅れて大国主命がやってきた。兎から訳を聞くと、「私の兄弟たちがからかって、すまない事をしました」と謝りつつ、川の水で塩を洗い流し、日陰の風の当たらないところで静かに寝ているように教えて、介抱してやった。それで兎はすっかり治った。

 兎は、こうして念願だった本州にも辿り着けたし、ワニにゆがんだ心は叩き直してもらったし、大国主命のお陰で、もとの身体に戻れたので、心から感謝した。そして、大国主命に「あなたこそ本当に立派な方です。八上比賣様は、必ずあなた様をお婿様となさるに違いありません」と申し上げた。

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■4.八上比賣の断り

 八十神たちは稲葉の国に着き、八上比賣に「どうぞ、この中からお婿様をお選び下さい」と申し出たが、八上比賣はきっぱりと断った。

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 皆様のように、どんないろいろな技をご修行になっても『嫁取り競争』というような、この上もない大事な真面目な旅行にお出かけになるのに、その旅行に必要な道具を、ご自分でお背負いにならないような方は、本当に真面目な人とは思いません。

 それにひきかえて、大国主命様は皆様の嫌がる荷物を全部お引き受けになった、どう見てもお供としか見えないのに、平気な顔をして、しかも皆様より遅れて、ひとりでおいでになっております。

 それだけではありません。

 皆様は稻羽の兎にお会いになって、何をなさいましたか。あの兎は後悔をして、泣いて祈っておったのであります。ワニすら、その兎を殺しはしませんでした。それなのに、皆様は兎をおからかいになって、慰みものになさったでしょう。

大国主命様はそれを後からおいでになって、親切にお治しになってやったのでございます。あなた方は、不真面目な呑気な方々で、まだ本当に立派とは申し上げられません。

 ですから、できることなら、私は大国主命様のような方のところのお嫁入りしたいと思います。[1,p44]
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 この八上比賣の言葉に、八十神たちは、一言も弁解できなかったことと思います、と著者は想像している。


■5.「他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」

 阿部氏は、この『古事記』の一節を、次のように解説している。

__________
 大国主命は八十神たちが荷厄介に思われ、面倒に思って嫌われた旅行道具を一切引き受けて、大きな袋にお入れになり、これを背負われました。この袋を背負われる気持ちが非常に大切だと思います。

「できるだけたくさん、人さまの世話をやかせていただくことが立派なことである」と教えられているのであります。

「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」と、教えられているのであります。

 しかも、この教えを徹底的に明らかにするために、大国主命は、お供になっておられます。お供になるというのはどういうことかと申しますと、これは、人さまの世話をしたり、人さまの苦労を背負い込んだりすると、自らの心のうちに喜びを感ずるだけではなくて、
「自分はこういうことをしてあげているのだから偉いな」
という誇りの気持ちが起こってまいります。

 それだけではなく、相手の人や世間から、
「これだけのことをしているのから、感謝してくれるのはあたりまえではないか」
という気持ちさえ起こってくるものです。

 このように、人さまの世話をやかせてもらって偉いと自分で思ったり、世話のやき賃を求めたりするようではいけない、と教えられているであります。[1,p50]
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「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」というのが、阿部氏の言う「ふくろしよい(袋背負い)の心」である。


■6.「偉くなる」とはどういう事か

 大人は、青年や少年に向かって「偉くなりなさい」と言う。しかし、「偉くなる」とはどういう事か、はっきり教えていないし、自分自身でも分かっていない。

 そのために青少年が、有名大学に入って一流企業に勤めることが偉くなることだ、あるいはそこで出世して、部長や役員になった人がヒラ社員より偉い、と誤解する。そこに無益な競争が始まる。

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 つまり、間違った目標を立てて、無理な競争をした結果、どういうことになるかというと、成功した人たちは「自分の力で成功した」と思って、己惚れの気持ちを起こします。成功し損なった人たちは、表面はおとなしくしておりますが、内心は成功した人たちを羨みながら、反抗心をもっております。

こうして、世の中は、自惚れの人たちと、卑屈の人が多くなりますから、不安定な気持ちの悪いところとなります。[1,p54]
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「袋背負いの心」に目覚めれば、組織上の地位と真の偉さとの違いが分かってくる。

__________
 この教えから言いますと、ヒラ社員はヒラ社員で立派な職分ですから、ヒラ社員の「ふくろしよいのこころ」でやればいいのでして、偉いか偉くないないかは「ふくろしよいのこころ」の自覚の程度と、その実行の程度で決まってくるのであります。

 ヒラ社員だから偉くない、課長や部長だから偉いということはありません。課長や部長はなおさら「ふくろしよいのこころ」を忘れてはならず、社長であれば、いっそうこれを徹底しなければならないのであります。[1,p54]
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■7.「袋背負いの心」こそ日本人の理想

 阿部氏は、この「袋背負いの心」こそ、日本人の心、すなわち「大和魂」だとする。そして、二宮尊徳、吉田松陰、西郷隆盛、乃木希典など、わが国で尊敬されてきた人々は、みなこの「袋背負いの心」を持っていた、と言う。

 たとえば、乃木大将は日露戦争で大功があったが、部下の多くを亡くした事から、その後の俸給の大半を遺族の生活費や傷病兵の医療費に充て、まさに人々の苦を自ら背負って生きた。[a]

 二宮尊徳も、その一生をひたすら、多くの農村の復興に捧げた。その志は、ただただ農民が安定した生業ができるように、という願いから出ていた[b]。 人のため、国のために生涯を捧げたという生き方においては、吉田松陰[c]も西郷隆盛[d]も同様である。

 戦後教育は、これらの人々の偉さを教えなくなったが、その結果として、どのような人物が「偉い」のかが分からなくなり、単に良い学歴を持って、出世することだけが「偉い」と誤解するようになった。これは人を騙しても、嫁取り競争に勝てば良いとする八十神たちを育てているようなものである。

 数千年前の太古の昔から「袋背負いの心」こそ貴い、と信じた我が祖先に比べれば、現代日本人の心の貧しさは明らかである。


■8.思いやり社会の源泉

 そんな現代日本においても、社会全体としての他者への思いやりや深切さは国際社会でも群を抜いている事は、日本にやってきた多くの外国人が語っている[e]。また、東日本大震災の中でも、思いやりに満ちた被災者たちの行動は、世界を驚かせた[f]。

 それは、学校教育こそ歪んでしまったけれども、家庭や地域での子育てで、無意識・無自覚のままにも「袋背負いの心」を伝えてきたからだろう。また「袋背負いの心」をそのままに示されてきた皇室の影響も大きい。

 その思いやりの心は、実は太古からの神話が伝えてきた我が先人たちの理想であったことを『新釈古事記伝』は明らかにした。思いやり社会の源泉は、実はすぐ足元にあったのである。しかも、子どもたちにも親しめる物語として。

『新釈古事記伝』は、さらに大国主命が成長して、国土作りに向かっていく様、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と天照大神(あまてらすおおみかみ)の物語など、古事記の名場面をとりあげて、古代日本人が理想とした所を説いている。

 大人たちがこの本を読んで、家庭や幼稚園、小学校などで子供たちに話して聞かせたら、我が国は「袋背負いの心」を持った子どもたちで充ち満ちていくだろう。そんな立派な国を目指したいものである。
(文責:伊勢雅臣)

なんと関東から関西までの日本の中央部に、人口の69%が分布している。ネット利用者が都会に多いこともあり、弊社出荷データだと、関東から関西で70%~80%という分布になっている。つまり、配達先の多い関東から関西の本州の中央エリアから出荷したほうが、有利ということである。

筆者の経験でも、北海道で生産された商品の発送を東海道ベルト地帯の中心・浜松市に移転した結果、北海道からの横持ち費用を入れても物流コストは下がった。さらに、翌日配達エリアが大幅に広がり、利用者の評価も上がった。

江戸時代までの日本人はのんびりしてたらしいね。
明治に来日したイギリスの牧師は、日本の女性とそんな話になり
「日本人は花見だのなんだのと、ちょくちょく仕事を休むね」と言うと
「外国の方は私たちを怠け者のようにおっしゃいますけど、
でも、ほら、あんなに桜がきれい・・・」
と花にみとれて、話そっちのけだったとか。

スイス遣日使節団長アンベールは、職人について
「若干の大商人だけが、莫大な富を持っているくせに
更に金儲けに夢中になっているのを除けば、
概して人々は生活のできる範囲で働き、
生活を楽しむためにのみ生きているのを見た。
労働それ自体が最も純粋で激しい情熱をかきててる楽しみとなっていた。
そこで、職人は自分の作るものに情熱を傾けた。
彼らにはその仕事にどれくらいの日数を要したかは問題ではない。
彼らがその作品に商品価値を与えたときではなく、
かなり満足できる程度に完成したときに、
やっとその仕事から解放されるのである。」

お役人ものんびりしていたようで、デンマーク人海軍士官スエンソンは
「悪習らしい悪習は日本人にはふたつしかない。
一つは酒にすぐ手を出すこと、もう一つはあまりに女好きなことである。
が、これは上層階級、とりわけ政府と大大名がかかえている役人と
官僚の一群にのみいえることである。
役人、官僚の数はおびただしく、そのうちの一部は無職のことが多くて
暇な時間を茶屋で過ごし、女たちに囲まれて酔っ払う。」

162 :日出づる処の名無し:04/07/04 03:17 ID:YtVOV4Jv
「日の輝く春の朝、大人の男も女も、子供らまで加わって
海藻を採集し浜砂に拡げて干す。
漁師のむすめ達が臑をまるだしにして浜辺を歩き回る。
藍色の木綿の布切れをあねさんかぶりにし、背中にカゴを背負っている。
子供らは泡立つ白波に立ち向かって利して戯れ、
幼児は楽しそうに砂のうえで転げ回る。
婦人達は海草の山を選別したり、濡れねずみになったご亭主に
時々、ご馳走を差し入れる。
暖かいお茶とご飯。そしておかずは細かくむしった魚である。
こうした光景総てが陽気で美しい。だれも彼もこころ浮き浮きと嬉しそうだ。」
(イライザ・シッドモア) ワシントンに桜並木を作る提案をした夫人

「生活の糧を得るために必要な仕事を文句を言わずに果たしているが、
そんな働き者ではない。
必要なモノが手に入れば、余計なモノまで得ようとは思わない。
大きな利潤をあげようと疲れ切るまで頑張ろうとはしない」

「材木を運ぶ労働者たちは、ちょとした作業をするのにも、
全員が熱を入れて歌をうたっていた。
ばからしい時間の浪費であるように思われた。
時間の十分の九は歌をうたうのに費やされるのだった」

「気楽な暮らしを送り、欲しいものも無ければ、余分なものもない。
家の全家具を見てみたまえ。
これは、もっとも富裕な人びとの持ち物のすべてであり、
もっとも貧しい人びともこれ以上を必要としない。
かれらの全生活におよんでいるように思える
このスパルタ的な習慣の簡素さのなかには、
称賛すべきなにものかがある」
(イギリス公使オールコック)

163 :日出づる処の名無し:04/07/04 03:18 ID:YtVOV4Jv
「床の間に一枚の絵画と一箇の花瓶があって、
ときどき取替えられるだけである。
西洋人と違って、
『どうです、高価な品物がたくさんあるでしょう』
と言わんばかりに、 この家の主人が、
財物を部屋いっぱいに散らばして置くようなことはない。
金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。
我々はみな同じ人間だと心底から信じる心が
社会の隅々まで浸透しているのである」
(帝国大学教授・チェンバレン)イギリス人

「日本人が他の東洋諸民族と異なる特性の一つは、
奢侈贅沢に執着心をもたないことであって、
非常に高貴な人々の館ですら、簡素、単純きわまるものである。
大広間にも備え付けの椅子、机、書棚などの備品が一つもない。」
(オランダ海軍軍人カッテンディーケ)長崎伝習所教官

「日本の家に家具がほとんどなく手入れする必要がないのは、
とてもうらやましい。
ベッドがないので子供が落ちる心配がない。
眠る時に片付けるものもない。靴についた泥が入って来る心配もない。
お茶をいれる暖かいお湯さえあれば日本の家では楽しくすごせる」
(アリス・ベーコン)アメリカ人女性1888年来日