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私はそうやって福祉事務所との闘いに惨敗し、もう二度とあそこには行きたくない、と闘いを放棄してしまっている人をゴマンと見てきた。/最初から考え方が間違っていると思う。「なんとかしてくれるんじゃない?」という淡い期待を抱いていくから打ちのめされる。そうではない。これは闘いなのだ。向こうはまがりなりにもそれを専門にメシを食っているプロだ。そのプロを相手に、あなたは相手が認めたくないことを認めさせなければならない。その闘いに、武器も盾も持たずに出かけて「なんとかしてもらえる」と思うほうがどうかしている
この「○○することになっている」という文句がクセモノなんだな。自分はだれかがどっかですでに決めたことを伝えているだけで、別に自分の意思でそう言ってるわけじゃない、だから自分に文句を言っても始まらない、「○○することになっている」以上、あなたも私もどうしもようもないですよね? というニュアンスだ。
 ところがドッコイ、全然そうじゃなかったりするんだな、これが。全然「○○することになって」いなかったりする。全然「○○することになって」いない話を「○○することになっている」と話すのは、明らかに人を迷わすものだと思うが、本人〔その福祉事務所の職員——引用者注〕がわざとそうしていると言うと、それも微妙。言っている本人も、福祉事務所に配属されて一年目で、いろんな施策の内容とか、施策相互の関係とかがわからずに、ただ古参の先輩に「○○することになっているんだ」と言われて、それをただオウム返しに話しているだけだったりするのだ

(via shinyai)

(1)グローバリゼーションと情報化に伴う新しい変化や価値に応えるために。

◆国家主権の移譲や主権の共有へ

民主党:民主党「憲法提言中間報告」のポイント

え…!?

(via huhuhu) (via sakuma)

(via omoro)

おいおいおい!!!

(via yaruo) (via scsa)

どんどんreblog推奨

(via yaruo) (via kml)

公式サイトで堂々と国家主権放棄を宣言するって・・・

正気の沙汰とは思えない

まさに日本国存亡の危機

(via yaruo)

(via mitaimon)

移譲?異常!

(via tnoma)

これはreblogせざるを得ない。さすが、口を開いたら政権交代としか言わない党。主張することのクオリティの素晴らしさにめまいがする。

(via swmemo)
ひどいというより意味が分からない。ECならぬACを作るというのならそりゃ無理だ。 (via 4kshike)

(via kotoripiyopiyo) 2009-03-08 (via gkojay) (via ssbt)
tokunoriben:

noriyoshi:

欠陥住宅nya
twink:

this isn’t happiness. - grain edit
world1984:

★材料3つ♪15分で簡単ローストビーフ★ by 朝まと [クックパッド] 簡単おいしいみんなのレシピが67万品

先日、マイクロマガジン社から発売される 「板橋本」 の取材のために、地元のバングラデシュ料理の店に行ったのだが、そこの従業員とこんな会話をした。


(参加者:ロザリー 、バングラデシュ人A、バングラデシュ人B)


ロザリー 「ちょっと聞いてよ、この人たち平気で牛食べるのよ。」

オレ 「ああ、でもバングラはヒンドゥ(牛NG)とイスラム(牛OK)と両方いるでしょ?」

従業員A 「わたし、ヒンドゥだよ。」

オレ 「え?それで牛食べるの?」

従業員A 「日本にいる時だけね。国に帰ったら食べないよ!」

オレ 「でもそれって付き合いで食べざるを得ないとかでしょ?」

従業員A 「ビーフ、とても美味しいね!(満面の笑みで)」

オレ 「あー、自発的に食ってるんだ。」

従業員A 「ビーフ、チキン、ポーク、マトン、フィッシュ…美味しい!」

オレ 「でも宗教的に大問題になったりしないの?」

従業員A 「だから奥さん家族の前じゃ食べない!日本いる時だけ!」

オレ 「ヒンドゥ教的にバレなきゃいいのね。」

従業員A 「知り合いのイスラムの人、ポーク大好きよ。」

オレ 「イスラム教徒もか!」

従業員A 「日本いたら美味しい物いっぱいだもん。OKだよ。」

オレ 「欲望を抑えるのが宗教の仕事じゃないのか!」

従業員A 「美味しいの知らないと美味しいカレー作れないよ!」

オレ 「確かにこの店はあらゆるカレーがあるよねえ…。」

ロザリー 「あとタバコで炎上した事あるらしいよ。」

オレ 「店の中で吸ってたの?」

従業員A 「タバコ大好き。怒られたよ。」

ロザリー 「日本と常識が違うからさ、仕方ないとは思うんだけどね。」

オレ 「日本はうるさいから厨房の中で吸うの止めた方がいいよ。」

従業員A 「そうね。今はなるべく我慢するよ。外で吸うね。」

オレ 「ああ、絶対じゃなくてなるべくなんだ。てか外か中かの問題じゃねえって。」

ロザリー 「外人も板橋に住むとユルくなるんだよ。」

オレ 「みんな板橋在住なの?」

従業員A 「わたし仲宿。こっちの人は大山ね。」

オレ 「いいとこ住みやがって!」

従業員B 「Aさん板橋が好きで、板橋から動かないって社長と喧嘩したよ。」

オレ 「どゆこと?」

ロザリー 「赤坂に支店を出したんだっけ?」

従業員A 「そう。社長に赤坂行けって言われて、板橋しかヤダって言った。」

従業員B 「それで赤坂の店つぶれちゃったんだよ。」

従業員A 「カレー作れる人いなかったね。赤坂に。」

オレ 「根本的にダメじゃねえか!カレー作れる人間いないのにカレー屋やんなよ!」

ロザリー 「だからAさんを赤坂に行かせようとしたんでしょ?」

従業員B 「そう、Aさん上手だからお店だいじょぶ。そしたら板橋以外ヤダって。」

従業員A 「板橋出てくなら商売止めるって言ったら喧嘩になった。」

オレ 「そもそもバングラから日本に来た時点でどこでも同じじゃん!」

従業員A 「違うよ!板橋は違うよ!みんな優しいね!」

ロザリー 「そう、Bさんの娘はお陰で区立の保育園通えてるんだよね?」

従業員B 「お客さん区役所の人いっぱいで、保育園と交渉して入れてくれた。」

オレ 「ものすごい職権乱用だな。」

ロザリー 「それが役所の人間達が燃え上がっちゃったみたいでさ。貧乏な人にこそ区立保育園が必要だろって。金のある日本人なら私立行け、困ってる外国人こそ区立に入れるのが道理だって。」

オレ 「ああ、それは美談だなあ。」

従業員B 「だからわたしも板橋大好きよ。よそでは商売したくない。」

オレ 「世界共通の板橋愛。国籍を越えた仲間を見つけた気がした。」

ロザリー 「板橋は外人も日本人も関係ないよ。みんなユルいし。」

オレ 「ユルいの大事だよな!」

アメリカの学者達とスッポンを食べているときに、それは起きた。
おっ、コラーゲン、コラーゲンなどといいながらつついていると、おもむろにそのアメリカ人が、「なぜ、日本人はcollagenなどというものを喜んで食するのか?」
「えっ、お肌にいいからだろ」。
「コラーゲンは食べても全量分解され、やがて排出されるだけである」と、曰う。

「コラーゲンを食べると関節に良いとか美容によいというのは、血液型が性格に影響を及ぼす等というのと同じ、全く非科学的な戯れ言である」。
「えっ、聞いてないわ、そんなこと」という声に押されて、早速調べると、コラーゲンは、体内で分解され、アミノ酸やコラーゲンペプチドなどの形で吸収されるようだが、国立健康栄養研究所によれば「ヒトでの有効性については信頼できるデータは見あたらない。安全性については、アレルギーを誘発する可能性が示唆され、妊娠中、授乳中の安全性についての十分なデータがないことから使用を避けるべきとされている」。

もっともコラーゲンを皮膚に塗ると、保湿が保たれるようである。

で、厚生労働省に、コラーゲンに関する表示には問題がないのかと尋ねると、消費者庁が発足してからは、うちの管轄ではありませんとのこと。

河野太郎公式サイト | コラーゲン、英語で言えばCollagen

「保湿が保たれる」という日本語以外は妥当な内容

(via raurublock)

矢作 オレはすごく不器用だから、文章を作るのに、すごく手間がかかるんだよ。粘土細工を作るように書くんだよ。だから、ワープロというのは、劇的にぼくの文章を変えたと思うね。ワープロを使ったのは、「スズキさんの休息と遍歴」からなんだけど。ある意味でほんとに役にたったのは今度の「あ・じゃ・ぱ!」からで。あれは、850枚を「NAVI」の連載として書いて。それを細胞分裂のようにバラバラにしたわけ。新潮社の人間国宝のような校閲のおばさんもパニック起こしていたけど、そういうことを平気でワープロを使ってやったわけ。ワープロの検索機能がなかったら、あれは書けなかった。

あれは、レイモンド・チャンドラーの「さらば愛しき人よ」を全部解体して使っているから、筋書きまったく同じですよ。章構成もほとんど同じ、その章の始まりの言葉を全部同じにしてあるわけ。そういうシャレたことをしたのも、ワープロがあったからだよ。

10数年前だったら盗作かパロディかでもめたんだと思う。それを気にしていたんだよ。だけど、翻訳者からも早川書房からも何も言ってこないし、それどころか、翻訳者が面白がっているらしい。だから、意識が変わってきている、ということだと思うんだよ。

それをやるにあたって、チャンドラーの全部の文章をスキャナーで読み込んで、Macに取り込んだわけ。デジタル化したわけ。それを、”マーロウがこうしている”というような条件検索にかけて、全部バラして、それから全部ブッこんで、それで文章の頭の部分を自分の文章に書き換えていったわけ。その中に、挿入するようにこれまで書き貯めたものをここにぶっこんで、伏線をここにひいて、と…やって、それを下敷きにしたわけ。だから、これは、ワープロが発明されたからできたことだけれども、ワープロが発明されないで、超人的な頭脳をもってこれをやったら、盗作になったんじゃないかと思うんだよ。まったく同じ文章が入っているからね。登場人物の名前も同じものもあるしね。

それに気づいた人も何人か文芸評論家にはいるんだけれども、面白がっているだけで、何にもいわないんだ。そこを挑発して、誰かに考えて欲しい。ぼくは、あれは盗作ではないという自信があるし、面白いでしょ、ぼくの作品だ、という自信もある。だけど、チャンドラーの小説も使いました。翻訳も平気で使いました。なかには、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の有名なシーンが延々と4頁もまるまる使ってあります。でも、誰も気づかないほど、ひとつの小説になっているでしょ、と。脱構築とはこういうことを言うじゃないですか、と言いたいわけ。

でね、誰か、これはとんでもない野郎だ、って言って欲しいわけ。それで論争したいね。たしかに、20年前だとこれは盗作だと思うね。今これは盗作なのか。いま、インターネットに自分のページを開くとしたら、これを持ちかけたかったんだ。だけど、アシスタントが…高校2年のオレのガキだけど…うまく動かせなくてまだやってない。もうひとつは、これを仕掛けても、ネットでやりとりしてる連中が乗るだろうか、という思いもあった。これは、どっちかというと朝日新聞かなにかに仕掛けないとしょうがないのかな、という思いもある。